2011年3月12日土曜日

昨日からの地震でただ呆然とTVやラジオを見てる。
そこには、何も出来ない自分がいて。
いつかはこんな日が来るのかな、どこかで気づいていたことなのかも。
海外の知人から心配のメール。温かい心遣い本当に感謝したい。

最初の地震発生当時、パソコンに向かっていた私、画面がゆれはじめ
中途半端に開けていたドアがゆらゆら開閉し始めた。
ドアストッパーにフックを止めていると、次第にゆれが大きくなった。
とにかく窓を開けなければと、でも立っていることが少し危ないと感じて
頭をクッションでカバーし、近くの柱につかまった。
少しゆれが落ち着いて、その間に部屋の鉢植えや鏡を降ろした。
この数分間に出来ることは限られていた。

携帯電話はつながらず、2時間後にメールが着電し始めた。
兄からメール。自分は無事です、みんなは大丈夫か?
家族や友人の無事は確認できたけど、
次第に伝わる激甚な被害の映像に胸が痛む。
そして、懸命な救助活動が今もなお続いている。

原発はどうなるのだろう、我々は普段簡単に電力を使用してるけど
原子力発電所で働く人や近隣で生活を余儀なくされる人がいる。
電力を切り離した生活が出来るのか、ともし火で暮らせるのか。
考える時なのかもしれない。
いつ、どこで、何が起こるのか、誰もわからない。

被災者のみなさま、とにかく頑張って下さい。
祈るばかりです。 

mito

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